2020年1月28日火曜日

Vol.7 離乳食はじめました



冷やし中華はじめました・・・的な。

4ヶ月に入る数日前から始めた離乳食。
日本では最低5ヶ月目からといわれているけれど、
オーストラリアでは基準を満たしていれば4ヶ月からでも良しと。

-体重が生まれた時より倍以上
ー食べ物に興味を示す
ーよだれの分泌が始まっている
などなど。

私と旦那がこれウチの育児に取り入れたい!と参考にしている
何冊かの育児本でも、
「4ヶ月で離乳食を始めると偏食癖がなくなります!」
なんていう説もあり。
お世話になっている小児科の先生からもGOサインを貰い、
基準もみたしているので始めてみよう!
と早めのスタートを決めました。

一応、オーストラリアでの離乳食の始め方のサイトなども読んでみたけれど

オーストラリア版「赤ちゃんの離乳食の始め方」

*離乳食は6ヶ月頃を目安に4ヶ月に入るまでは控えましょう。
*ピューレ状から始めましょう。
月数が上がると細かく切り刻んだものなどもあげる事ができます。
*避ける食べ物などもありますが、鉄分を多く含む食べ物などを基準に
順番などはあまり気にせずあげましょう。
*12ヶ月になるまでは母乳や粉ミルクも平行してあげましょう。
*アレルギー食は6ヶ月までに与えて様子をみましょう。

・・・ぁ・・・アバウトだなぁ。
これじゃぁ結構なんでもアリなのでは・・・

日本の10倍粥からのスタートも賛否両論あったりで、
限りなく母乳に近いもの・・・でも栄養価はあまり期待できず。
オーストラリアも鉄分入りのミルク粥なんかが推奨されていたり。


こちらでは豆腐あげる家庭もあるっぽいけれど
たんぱく質は消化が結構時間かかるとか。

うーん
うーーーーーん
うーーーーーーーーん。。。


私は結局いろいろ思案した挙句・・・


いきなりステーキ・・・ならぬ
いきなり手作りにんじんピューレ。





わぉ。めっちゃ食べてくれる!!!



その後も問題なく
にんんじん、スイートポテト、りんご、ほうれん草をクリア!



市販のチューブも好き嫌いなくパクパクしてくれている。

(写真は先日、外食した時にトライさせた市販チューブ。
ママは人生で1番美味しいイカスミうにパスタ食べましたぁ・・・)

寧ろ
母乳や粉ミルク飲むと、
え?またこれ?みたいな顔もするようになった。


ウ○チも健康そのものなので
なかなかいいスタートをきれたかなと。



また少しずつ、食材増やしていくぞ~



2020年1月19日日曜日

Vol.6 救世主・・・その名は哺乳瓶


母乳と粉ミルクの回でも触れたけれど、
ミニモニお口と私の乳首の相性がよろしくなくて、
練習しても練習してもラッチオン(乳首を咥える)させることができなかった。


ーラッチオン出来れば搾乳機も使わなくていいし、時短ですよ!練習あるのみ!!

ーそもそもそれが自然なことなんです!なんとしてでも吸わせてください!


と、入院中に散々言われ、
帝王切開後の痛みをこらえつつ、助産師さんのスパルタ教室に通ってみたり。
今、振り返ると全然無理して行くことなんてなかったなぁ。

可哀想なミニモニ。すっかり出来ない子認定。
私にも日々頭に浮かぶ「母親失格」の文字。

挙句の果てには、
$50ドルくらい(4000円くらいかな)払ってニップルシールド乳頭保護器まで買って
ラッチオン練習して・・・からの搾乳。時短ってなんですか?

私的には乳頭保護機ってなんか違和感ありまくりだった。
ミニモニも吸ってくれるんだけれど、
ミニモニのお顔をぶちゅっとシリコンの表面に押し当てる感じになるから
息はしているもののすんごく苦しそうで、
そんなミニモニを見ている私も泣けてくる。という悲しみの連鎖・・・


思い返すとあの時期が辛さのピークだったかもしれないなぁ。


そしてある時、もう私は限界が来て。

ー他人の「みんなはこうやってる」「これが自然なこと」なんてクソくらえだ!!
私は私のやり方でミニモニと乗り越えてみせる!!!


と宣言して
搾乳機で搾乳を徹底して母乳を哺乳瓶であげる。

赤ちゃんの中には哺乳瓶苦手だったり、
哺乳瓶ブランドの好みが合ったりするらしいけれど、

ミニモニはもう
アイ・ラヴ・哺乳瓶
だった。

とにかく哺乳瓶ならどのブランドでもオッケィだし、
ものすごく心地よく飲んでくれるので、
私は「もういいや。」このままこれで続けようとじゃっかん開き直って続けた。


そんなワケでここ3ヵ月搾乳からの哺乳瓶であげる・・・
足りないときは粉ミルク、という混合スケジュールをこなしてきているけれど、



搾乳機で搾乳して哺乳瓶であげるメリットも結構ある。

●何ml搾乳してどれだけ飲んだか性格に分かる。
●ミニモニのおっぱいからの哺乳瓶移行のトレーニングはなし。
●旦那や他の人にも授乳を任せられる
●(ミニモニの場合)哺乳瓶からだと飲むペースが速く授乳時間が短い。
●搾乳時間も自分のペースで計画できる。
などなど


哺乳瓶からあげるのってそんなに悪い事じゃないんじゃないかな?
と思えてしまう。

今の世の中本当に生き方も多種多様になってきているのだから、
頭ごなしに「これが普通!」「こうあるべき!」って押し付けるのはもう時代遅れな気がする。母親たちにだって育て方の選択肢はあっていいとおもう。


まぁ時々ふと、
この時代に生まれてなかったらラッチオンできない
ミニモニはどうなってしまっていたのだろぅ・・・とは思うけどね。

そう思うと

ー哺乳瓶。そして搾乳機・・・ありがとう。

って拝みたくなります。


そうこうしているうちにミニモニももうすぐ離乳食が始まるし、
離乳食で栄養分が取れるようになったら、
搾乳機と卒業して、母乳から粉ミルクに移行してもいいと思っている。

そう考えるとたった半年以下の出来事なのに
まぁなんて濃密だったことでしょう。


ミニモニは順調に体重も増えてすくすく育っているし。
私もこの育児のリズムでとてもハッピーだし。


これでいいのだ!爆



2020年1月13日月曜日

Vol.5 嗚呼、落ちない体重

私の妊娠中の体重増加は+10キロ。

日本だったら要注意に入りそうな領域の増加だけれど、
オーストラリアはゆるぃゆるぃ。
妊娠糖尿病の方はちゃんと気をつけましょう程度なので、
トツキトオカそれはそれは食べていた。
寝ても冷めても炭水化物三昧!!ぎゃー。

でもね、
出産するとあらビックリ!神業的に8キロは減ったの!
がしかし・・・母乳出すためにはしっかり食べなきゃいけなくて・・・
(お医者さんには1日4食!乳製品もしっかり食べる事!と指示)

で。2キロ戻るという。

なので、未だに妊娠前より+4キロなワタクシ。
4キロって結構だよね?
さらにお腹がしぼんだ風船状態なのも重なって
服のサイズはワンサイズ上げ・・・号泣。


そんなわけで年末から勢いをつけてエクササイズに励む日々。
筋力も落ちてしまった事も悲しいしね。
クリスマスプレゼントに義理ママさんから
ピラティスクラスのレッスンチケットも貰ってやる気満々!




















ピラティスはリフォーマー派。
一時期ドハマリして通っていたピラティス。
これを機に復活できて嬉しい!

エクササイズは1年を通して続けてゆきたいから
基本は無理をせず。
火曜日ジム。金曜日ピラティス。日曜日ジムに決めている。
どうしてこの曜日なのかは、ここ数年(妊娠期も含めて)
統計的にこの曜日にエクササイズする率が高かったから。
たぶん、私の心身的にベストなリズムで運動できる曜日がこの3日なんだろうと。


ミニモニが産まれてから、早起きが苦じゃなくなったこともあって、
エクササイズの時間はもっぱら早朝。
旦那は基本9時出勤だから
朝5時起きで搾乳してトレーニングに行って8時過ぎには帰宅
ってコースが多いかな。日曜日はもう少しのんびり。


もちろんリカバリー日も欲しいし、なにより育児と平行なので
ペースよくやってゆくつもり。


今週末はミニモニもプールでエクササイズ!
お水遊びが大好きな子で見ているだけで私まで楽しくなる。
遊んでミルク飲んで爆睡・・・
たくましいね!

2020年1月5日日曜日

Vol.4 生まれて初めてのお正月…となんちゃってお喰い初め。


2020年が始まった!


元旦は一応日本で買ったベビ浴衣を着せて鏡餅と一緒にパシャリ。
クリスマスもサンタさんと撮りました。

生まれて初めて。
私自身の初めての年末なんて覚えていないから、
人の(自分の娘だけど)生まれて初めてのクリスマスとお正月を見るのは
何だか不思議な感じ!

大晦日はミニモニを寝かしつけて、
年越し蕎麦を美味しく頂き(赤いきつね笑)
日付が変わると同時に眠りにつきました。
遅くまで起きている=貴重な睡眠時間が削られる・・・
当たり前だけれどクリスマスもお正月も新米ママに休み無し!

オーストラリアはクリスマス時期が日本のお正月に近い雰囲気なので、
2日から普通に仕事の人も多い。更に季節が真逆なので、常夏のクリスマスにお正月・・・毎年、SHIWASU感を微塵も感じられないままという。

母性なのかなんなのか、ミニモニが生まれてから
「季節の行事をちゃんとやろう!」
「オーストラリアも日本の文化も教えよう!」と思うようになって、
今回は海外に住みつつも精一杯のお正月をお祝いしました。

1月3日はミニモニの百日祝い(お食い初め)もあったので、
日本のお友達も呼んでホームパーティをして、
おせち・・・のようなお食い初め膳のようなものを皆で食べつつ、
お餅も食べて、
美味しい梅酒も飲んでと、
やぁっとお正月らしいことをしてようやく新年を迎えられた気がする。




















色々頑張ってなんとかカタチになったお膳。
来年の年末年始もこのBlog続けていられるように頑張るぞ。


2019年12月12日木曜日

Vol.3 母乳か 粉ミルクか それが問題だ。その②


前回のつづき。
母乳に悪戦苦闘する私、ママモニカ。
そんな日々の中でふと、ツイッターのタイムラインに流れてきた情報で気づく。



・・・嗚呼、私ディーマー(DMeR)だったんだ!!

ホルモンの凸凹は勿論、振り返ってみると母乳に関してこれまで一切ハッピーと思えるどころかトラウマ級な思い出しかない事を改めて実感した。

特に産後の入院2日目のこと。

帝王切開は術後1日目よりも2日目が痛みとの勝負。。。にも関わらず
担当になっていた看護師が控えめに言って最低だった。
オデブの歩くだけで鼻息荒い汗だくな仕事できない看護師のオバちゃん・・・

その彼女に「ほら母乳!出して出して!」と
引きちぎれるくらい乳首をぎゅううううおおおおっと指でつねられて、
帝王切開も怖がらず、痛み止めも最小限で術後も乗り越えた
我慢強い私も、あの時ばかりは本気で泣いた。

プライバシーの侵害にも程がある。
こんなことされるなんて聞いてないし、心の準備もできぬまま、
術後の痛みと寝不足と2時間おきにミルクを求めてくる我が子を横目に

巨漢の看護師に乳首をつねられる。
つねられている時、顔を近づけてその鼻息の荒さと汗が私の頬で感じ取れる位。


私・・・レイプでもされてるんじゃないだろうか。


痛い。
気持ち悪い。


完全にトラウマになりました。


それ以降は、搾乳するたびに号泣していたし、
母乳の話すらしたくなかったので、
自分でもオカシイなどうしちゃったんだろうって思っていたから、
ディーマーという理由が分かってある意味、納得がいった。
理由がわかれば解決策を見出せる。


● ● ●


私の母乳とハッピーに向き合う努力をする日々が始まった。


ディーマーはもう症状も期間も人それぞれなので、特効薬はないのだけれど、
私が取り組んだ中で最も効果的だったのが、


搾乳時間をご褒美だと認識させる


という策だった。
私の場合、単純に・・・
搾乳の時間をソーシャルメディアや動画を観る時間に当てた。というもの。
「搾乳=楽しい時間!」と脳にインプットさせたのだ。


これが正に効果テキメン!!
産後2ヶ月にしにて、なんとかディーマーを克服しつつある。


ひとつのことが解決できると自信もついて
少しずつ歯車もいい方向に回り始めてゆく。


こうして書くととても短い期間のように感じるし
なんでこんなに深刻に苦悩してもがいていたんだろうと思うけれど、
当時は地獄のような日々だった。
でも、ささいなきっかけで、物事が育児が好転してゆく様も
身をもって感じる事ができた。

因みに今のところ

母乳9割、粉ミルク1割のペースで授乳できている。


育児って「初めて」のことだらけの日々。
でも、この経験を糧にこれからの「初めて」や「悩み」も
ミニモニと一緒に乗り越えてゆきたい。


さぁ、ミニモニお風呂に入れてきます!では!


2019年12月8日日曜日

Vol.2 母乳か 粉ミルクか それが問題だ。その①



母乳・・・それは、女を母にし、母を牛にする
ある意味で呪いのような魔法のミルクである。


● ● ●

産後に一番奮闘したのが、「母乳」だった。これは本当に予想外。
なぜか私は、妊娠中に「私は母乳はでないタイプ」と決め付けているところがあって。
だって自他共に認める貧乳中の貧乳。それに、産後にすぐ職場復帰したいから、母乳育児なんて手間がかかりすぎるでしょ!粉ミルク万歳!位に思っていた。

しっかし、
産後・・・わぉ。胸がパンパン!爆発しそう!母乳・・・でるジャン!!


そうなってくると、周りはやっぱり「母乳あげられるうちはあげましょう!」
・・・という結論に至ってくるワケで。
今考えるとそりゃ当たり前でしょ・・・と思うことが、なぜかあの時は「私は私のやり方を変えたくないの!」と頑なに粉ミルクコースへ行こうとしていた私。
旦那にも「なんでそんなに母乳欲しがってるミニモニ(娘)を拒否するんだ!?」と凄く不安がられた。

更に、ミニモニは乳首にうまくパクッとラッチ(咥える)してくれない。
ミニモニの小さい口と私の乳首の形の相性が悪く、助産師さんのアドバイスを受けながらの病室での練習の日々。に平行して、搾乳機でミルク絞りたおして哺乳瓶であげて・・・それこそ二度手間三度手間でもう時間も労力もかかって仕方なかった。


帝王切開後の痛みと戦いながらも2時間おきの授乳に上乗せでの特訓。
ハッキリ言おう。


記憶を葬りたいほど、超絶・・・辛かった。


だから色んな理由をつけて「粉ミルク」にしたかったっていうのもあるのかもしれない。
退院後も「母乳」をあげて欲しい旦那と「粉ミルク」にしたい私の言い合いは耐えなかった。


そして遂に発せられた超絶NGワード!!



「お前は、母親失格だ。」




・・・これは響いた。こんなにミニモニを愛しているのに、母乳を与える努力をしないだけで、母親失格扱いされる。己の睡眠も食事もままならない中で浴びせられたこの言葉は強烈だったけれど、負けず嫌いな私の魂に火をつけた。

というかある意味、やけくそだった。コイツ(旦那)を黙らせたければ、結果を出すしかない。と思ったからだよね。


● ● ●


夫婦仲が新生児育児の中で崩壊していくのって今なら痛いほど分かる。
体力、精神力、忍耐力とともに極限に達しながらの共同作業だもの。
まあ、その配分もワンオペになりがちだから揉めたりもするんでしょうが・・・


私と旦那は言い合いに言い合いを重ねて15年以上一緒に成長してきた仲だからこそ、
どんだけ罵倒しようがされようが「別れる」なんて選択肢これっぽっちもなく
関係性を維持できたけれどコレは結婚生活よりハードル高いよ。


話は逸れたけれど、
それからは乳首咥える練習と搾乳、搾乳、搾乳の日々。


そして、
ある時、ようやく気づけた。


嗚呼、私・・・「ディーマー」だったんだ!!



つづく。


2019年11月27日水曜日

Vol.1 そして、母になる。


こんにちは赤ちゃん!と言ってからちょうど2ヶ月。やっとこうしてブログを少しずつ書けるほどの所まで来る事が出来た。1日が1日が未だかつてないほどの重みを持っていた2ヶ月だった。

● ● ●

自分の子供を腕に抱きしめた日、「こんにちは赤ちゃん!」と言うよりも私から出た第一声は「あら、本当にいたのね!」だった・・・笑。そんな私が常々思うのは、

私は「きゃあぁぁぁあああ我が子可愛いィィぃぃいいい」的ハイテンションな母親でもなければ、泣き声が聞こえればババっとゆりかごに駆け寄りいちいちグーグル先生に検索しまくるナーバスな母親でもない。

私という生き物に+小さな生き物が付いた。という感覚で最初の1ヶ月は生きていた。

これには本当の所、自分でもちょっと驚いてしまった。「母親」という名称は、子供が生まれてからすぐに付く。でも、その「母親」という生き物は一体どこから現れるんだろう。

● ● ●

「母性」がないわけではない。
オーストラリアでの海外在住を始めてから保育士歴も10年。今まで何百という子供をありったけの情熱と母性で愛してきた。

周りからも「モニカはいいお母さんになるよ」と散々言われてきた。そしてなんとなく、赤ちゃんが生まれれば、がっつりとその母親の世界に自分が心身ともに浸ることになると思い込んでいた。

それなのにいつまで経っても私の内なる「母親」は現れない。それに反して初めてのことばかりで状況に必死に追いついてゆく日々。ハッキリ言って困惑している余裕すらない。「実感」がないわけでもない。だって腕に抱く我が子は想像以上にリアル。身体能力面での育児は1日目からスパルタ。

カラダとココロに課せられた「母親」が枝分かれしてゆく感じがあった。

● ● ●

そして2ヶ月経って思う。
そうか、「母親」ってだんだんと出来上がってゆくものなんだ。
こんな責任重大な大役に1日で到達出来るはずがなかったんだ。


新しく輝く小さな命と私の間に育まれてゆく絆。
この絆が私を「母親」にしていってくれる。
そう。この今正にこの1日1日を重ねて

そして、私は「お母さん」になるんだ。


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私「ママモニカ」と娘「ミニモニ」の日々。
不定期更新ですが、楽しんでいただければ幸いです。